常陸太田市の栗原農園では、総面積82アールのハウスで年間82,000kgのこねぎ、33,000kgのサラダ用野菜およびハーブ類を水耕栽培しています。その9割は自社便にて常陸太田市内と近隣の取引先へ配送し、新鮮さを届けると同時に地域との繋がりを深めてきました。そうした地域密着型の業態に、首都圏に通じる新たな販路が拓かれようとしています。
切り札となるのは新商品の「割烹こねぎ」。消費者に喜んでいただけることは当然ですが、商品の売れ行きを左右する市場の仲買人やスーパーのバイヤーに認められ、積極的に扱ってもらえることを意識して開発されました。この展開の立役者は、仲卸人として20年以上市場で働いていた経験があり、流通事情に精通した石橋学さん。栗原農園代表の栗原玄樹さんに同行させていただき、大田市場にてお二人にお話をうかがいました。
新たなビジネスチャンス
栗原さん 当園の生産物のほとんどは自社トラックで直配していますが、一部他社の流通経路に便乗させていただいて大田市場に行っているものがあります。その流通でお世話になっている方の紹介で、1年前石橋さんがうちに見学に来られ、圃場を見ながら「コンパクトな使い切りサイズのこねぎがあったらいいよね」という話になりました。
これまでずっと地元中心でやってきましたが、もしうちの野菜を高く評価してくださり、もっと広いところへというお話をいただければ、いつかチャレンジしてみたいという気持ちは持っていました。そんなところに、流通にかかる諸問題と、都内で勝負できる新商品の開発、二つの課題が同時にクリアできる機会が巡ってきたのです。
「割烹こねぎ」で鮮やか香味の新習慣
「割烹こねぎ」は長さ約30cmに葉先を切りそろえたこねぎを、使い切りしやすい少量でパック。手軽に切りたてが食べられるというコンセプトから生まれました。あらかじめカットして売られている商品もありますが、香味野菜の最大の魅力である香りは、切ったそばから飛んでいってしまいます。やはり切りたてが一番。包丁だと飛び散りやすいこねぎですが、小束で長さも揃っている「割烹こねぎ」ならキッチンバサミでちょきちょきと、味噌汁に、素麺に、ふりかけ感覚で使えます。冷蔵庫の野菜室に立てて保管できるサイズ、パッケージ、商品化にふさわしい品種の選定など、1年かけて改善点を細かく調整して仕上げた栗原農園の新商品です。
そもそもこねぎとは青ねぎを若採りしたもので、やわらかくて香りも控えめ。「割烹こねぎ」は更に若い段階で収穫するため、若くてもちゃんと香りが立つ、商品化にふさわしい品種の選定にも時間をかけました。都内の小さなスーパーにも置きやすく、一人暮らしの方でも無駄の出ないコンパクトさは、ありそうで無かったサイズ感。最近は芽ネギのように長く切りそろえて使う用途も多く、「割烹こねぎ」はそうした使い方にも最適で、料亭やレストランなどからの引き合いも期待できます。
次世代の農業に貢献
「割烹こねぎ」の発案および名付け親となったのは、農業革命株式会社代表取締役の石橋学さん。青果業界仲卸で20年以上勤務され、業界に深く関わってこられました。そしていつしか、「日本の台所とも言われる重要な場所ではあるけれど、そこで働く大勢の人々や行き交う荷物の運搬者など、すべては一次産業と言われる生産者の方々があってこそではないか?」と考えるようになったそうです。
お世話になってきた生産者の方々に、自分には何が出来るのかと考えた結果、これまで培ってきたノウハウやアイデアを提供することで、次世代の農業に貢献したいと思うようになったとのこと。農業に楽しさや夢を抱く次世代の生産者の課題解決の力になりたいという思いから、様々な手法による農産物の販売、最善な物流ラインの構築、デザインを通じて作り手の想いを届けるなど、総合的に農業を応援する会社を設立したのでした。
農業革命株式会社の取り組み
石橋さん 多くの農家さんは自分の作った作物がどのように消費者に届くのか、あまり深く理解されていません。商品が売れるためにはいくつもの関門で勝ち進む必要がありますが、バイヤーは業界のプロ。その方々を説得するには、それ相応の商品力がないとスーパーに並ぶところまで行けないのです。消費者が求めやすい価格かどうかに加え、例えば商品名や、それを説明する言葉も重要で、いかに端的に響く文言を選ぶかで訴求力は違ってきます。
販路の拡大については、まずはバイヤーさん、仲卸さんたちに商品を認めてもらうことが重要ですが、それには生産者の方が直に会って説明するのが効果的ですので、展示会や商談会等にもどんどん参加して、販売促進にも積極的に関わってもらいたいと考えています。その点栗原さんには新しい取り組み、良いと思うことを実行していく心構えができています。
栗原農園から見えてくること
石橋さん 私が農家さんを見させていただくポイントは大きく3つあって、まずは、その野菜はおいしく安全に作られているかですね。次に、圃場の管理に手が行き届いているかも気にかけています。そして圃場の様子や生産について、代表者様と詳しくお話しして、情熱や思いなどを聞かせていただいています。
表面的なことではなく本質はどこにあるのか。生産現場と生産者さんには、作り手の思いが溢れていて、それは商品の品質に反映されると考えていますので、まずは生産現場に必ず足を運ぶことをモットーにしています。
栗原さんのところでは、圃場に入る一歩手前の部分から「オッ!」と思うポイントがいくつもありました。従業員の方々の元気な挨拶。軍手がきれいに並んで干されている。そしてトイレがすごくきれい。圃場も当然のごとく整理整頓されていました。従業員全員が同じ方向を向いていないと必ずほころびが現れるものですが、うまくいっているのが見てとれました。ということは、従業員からの人望もあるということです。実際彼はしっかり細かいところまで見ている。こういう方は経営もちゃんと見れているはずです。1年かけて商品を作り込んでいくなかで、栗原さんの人柄や熱意、経営者としての意識の高さをよく知ることができました。
高級イメージでも価格は求めやすく
青々とした新鮮さが伝わるパッケージデザインに加え、割烹という言葉のもつ力もあるのでしょうか、上等な、本物の、といったイメージが喚起される「割烹こねぎ」。栗原さんも今後の売り先を想定し、包材ひとつにしてもテクスチャーにこだわって厳選。いかにも高級そうな仕上がりですが、末端小売価格はといえば、税抜き98円を想定しているそうです。実際に見本を手にしたバイヤーさんたちからは、思ったより安価であるという感想が得られました。
価格を抑えられる要因は次の2つです。1つは使い切りを意識した35gの少量パックであること。もう1つは、通常のこねぎよりも更に若い段階で商品にするため、植え付けから収穫までの期間が従来の約半分と、短いサイクルで回せるから。栗原農園では現在「割烹こねぎ」専用に、20アールのハウスを建設中で、今年度内には稼働が始まり、本格的な生産体制に入ります。
【取材録】
生産者自らのブランディングは想いが強すぎるあまり、時に的を射ないこともありがちですが、作物がお金に替わる現場、仲卸業という視点からの発想は説得力があり、見えてくる世界、表現方法も違うのだと思いました。
印象的だったのは、栗原さん、石橋さん、お二人ともポリシーが同じだったこと。それは「直接会って縁を深める」ということ。「地元でやってきて、人と直接会うことのたいせつさはよく知っています。遠くても行ける時には行く。顔を合わせる頻度をどれだけ上げるかで、売り手側の気持ちが変わってきますから。」と栗原さん。「展示会などでも、生産者が直接自分の言葉で説明するのが最も効果的。」と石橋さん。私自身、農家さんのお話をうかがう前と後では、同じ作物でも愛着がわき、違って見える、美味しくなる、そんな不思議を思い出しました。
■農地所有適格法人 有限会社栗原農園
茨城県常陸太田市芦間町1091
TEL:0294-76-0120
FAX:0294-76-0259
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