「農業は一人ではできない」
とある農家さんに、そのように言われたことがあります。男性は力仕事、女性は細かい手作業。そのような男女の得意分野を生かした役割分担以外にも、「支えてくれる存在」が必要だと。
茨城県水戸市でネギ農家を営む藤田慎太郎さんも、二人の女性の力によって支えられています。
慎太郎さんの妻である久恵さんと、従業員であり久恵さんの友人でもある中井川彩唯さんは、「農業がやりたい」という志を抱いてこの世界に足を踏み入れたのではありません。
ですが、農業に従事しているうちに、今までの仕事にない魅力を感じるようになり、今では慎太郎さんにとってなくてはならない存在になっています。
はじめての、農業。
—農業をやる前は、何の仕事をされていたのですか?
中井川さん 大学卒業後に眼科で視能訓練士として働いていました。
その後木工作業員を経て、現在に至ります。
体を動かす仕事の方が私には合っているみたいです。
久恵さん 私も大学卒業後に眼科で医療事務をしていました。
その時に中井川さんと知り合って、今は一緒に農業をやっています。
—農業をやろうと思ったきっかけは?
久恵さん 初めて農作業を経験したのは、慎太郎さんが北海道に3年間の農業研修に行っていた時でした。
その時に、私は休みを利用して北海道に遊びに行って、慎太郎さんが運転するトラクターの横で昼寝したり、北海道の広大な大地を眺めたり。
当時は「農業で食べていく」という意識がなかったので、農作業も単純に楽しかったです。
農作業に対して、抵抗もありませんでしたね。
見るもの全てが新鮮でした。
中井川さん 仕事を辞めた後、特にやりたいこともなかったので、次の仕事が決まるまでと、軽い気持ちで久恵さんたちを手伝い始めたのがきっかけです。
ですが、やっているうちに農業が面白くなって。
実家は非農家だったので、農作業をやったことはありませんでしたが、実際にやってみて奥が深いなぁと思いました。
慎太郎さんと久恵さんは良くしてくれているし、きちんとした信頼関係の下で働いているという実感があります。
こういう職場環境は他ではなかなかないから。
不安もあるけれど、そこはみんなでカバーしていければと思っています。
農業に「感謝」。
—農業をやってみて良かったと思うところはありますか?
久恵さん 農業をやって極端に変わったのが、ちょっとしたことにでも「感謝する」気持ちが生まれたことです。物に対しても、人に対しても、自然に対しても。
お日様の光を浴びて仕事をしていると、気持ちいいなぁと思います。
周りの人に支えられて生きていることを実感することも多いです。
そういう普段の生活の中の何気ない事に、感謝できるようになりました。
中井川さん 農家を志して始めた訳ではないけれど、やってみてすごく面白いと感じています。
やってもやっても、正解が出ない。
気温とか天気とか、色々な原因で作物の出来が変わってきてしまうので。
難しいけれど、楽しいです。
今までの仕事で経験できなかったことが経験できています。
—それでは逆に、農業を辞めたいと思ったことはありますか?
久恵さん 夏の暑さのせいで頭が痛くなってしまった時があります。
体調が悪くても、ネギは抜かないといけない。
でも、頭が痛くて思うように身体が動かない。
気持ちに身体がついていかないんですよね。
そういう時が一番つらかったです。
女性ならではの「気付き」。
—農作業をしていて、女性だからこそ気付く部分はありますか?
中井川さん 以前の職場の上司に「女性は男性とは考え方が違う。男性では気付かないことを、女性だから気付ける部分がある」と言われたことがあります。
確かにその通りで、同じ作業をしていても、もっとこうした方がいいと思うことがあります。
そういう女性ならではの「気付き」を、農業に反映できればと思っています。
野菜が好きになる職業。
—今までは消費者という立場でしたが、生産者の立場になって、消費者に伝えたいことはありますか。
久恵さん 野菜は形じゃないと思いました。
お店で売っている野菜は、みんな形がキレイですよね。
でも、どれだけ曲がっていても、ネギはネギなんです。
味も変わらないですし。
それと、やっぱり新鮮な野菜を食べていただきたいです。
新鮮な野菜は味が違いますから。
新鮮な野菜を消費者に届けるには、どうすれば良いかいつも考えています。
中井川さん 私は偏食で野菜嫌いでした。
ネギも太く切ったものは食べられませんでした。
でも、農業を始めてから新鮮な野菜を口にするようになって、野菜が美味しいと思えるようになったんです。
むしろ、生のまま食べてしまうくらいに。
だから、野菜嫌いの人も、新鮮な野菜を食べれば克服できるのではないかと。
作る側になってそう思います。