北に連なる久慈山地、南に広がる田園地帯。その狭間にある鯨のような形をした台地が、常陸太田市の中心街「鯨ヶ丘」です。鯨ヶ丘の街には、明治~昭和にかけて建てられた建物が多く残り、懐古的な雰囲気を漂わせています。
ヨネビシ醤油株式会社(以下、ヨネビシ醤油)は、そんな古き良き日本を感じさせてくれる街の中で、伝統の技術と味を守りながら、おいしい醤油を作り続けています。
創業は、寛政12年。昔ながらの場所で、昔ながらの製法で作る醤油の味は、いつの時代にも受け入れられる「本物の味」。その味の鍵を握っているのが、「砂焼焙煎」「蔵菌」そして、伝統の「二度仕込み」です。今回は、ヨネビシ醤油の生産部部長を務める岡崎靖さんに、お話を聞かせて頂きました。
全国的にも稀有な砂焼焙煎
ー砂焼焙煎とはどのようなものでしょうか?
岡崎さん 小麦炒り機内部に鉄製の円筒があり、その中に最初に砂を入れて高温に熱します。そこに、茨城県産の「さとのそら」という小麦を入れて、回転させながら振るいにかけます。小麦に砂を抱かせて焙煎するのですが、原理としては石焼き芋に似ていますね。ちなみに、この 小麦炒り機 は大正8年から同じものを使っていますが、未だに現役です。このような昔ながらの 小麦炒り機 で砂焼焙煎をしている醸造所は、今では大変珍しくて、全国でも数箇所しか残っていません。砂焼焙煎は、とても手間がかかる焙煎方法なので、大規模の醸造所には向いていないのでしょう。
ー砂焼焙煎で焙煎した小麦を使うと、醤油の味が違ってくるのでしょうか?
岡崎さん 大規模の醸造所では、焼砂を入れるのではなく、熱風で小麦を炒る方法を採用している場合が多いです。確かにそちらの方が効率的なのですが、それでは醤油にした時の香ばしさがなくなってしまいます。一方で、砂焼焙煎で作った醤油には、強い香りが生まれます。それと、コク味も強く、色にも深い赤味が出るのが特徴です。確かに、効率面では現代的ではないかもしれませんが、砂焼焙煎で作った醤油には味や香りにはっきりとした違いが出ていると思います。
先人の知恵には、現代の技術にも通じる優れたものがたくさんあります。当社では、このような昔ながらの作り方を大切にしています。
「蔵菌」と「二度仕込み」
ー続いて「蔵菌」について聞かせください。
岡崎さん 砂焼焙煎で煎られた小麦に、蒸した大豆(茨城県産のタチナガハ)と種麹を混ぜ、麹室で三日間製麹(せいきく)すると麹になります。出来た麹に食塩水を混ぜて諸味を作り、土蔵の中の杉の木桶で発酵・熟成させます。その期間は大体8ヶ月くらいです。土蔵と杉の木桶も昔から使われているもので、ここにはたくさんの「蔵菌」がいます。蔵菌とは、蔵に住み着いた微生物のことで、この微生物たちが諸味へと「醸し」ています。土蔵の中は、外気の影響をあまり受けません。温度は、諸味の発酵、つまり微生物の活動に大きな影響を与えます。諸味が発酵を進めるのは、室温15度から30度くらいで、この範囲が、諸味の品質を保つために適切な温度になります。土蔵は自然にその温度を保ってくれるので、発酵場所に適していると言えるでしょう。土蔵と菌が、絶妙なバランスを取り合って、伝統の味を引き出しているのです。
ー「二度仕込み」とはどのような仕込みなのですか?
岡崎さん 通常ですと、熟成・発酵が終わった段階で醤油になります。当社でもその状態の醤油を「生しょうゆ」として販売していまして、こちらは素朴な風味が楽しめる醤油になっています。ですが、同じく当社の製品である「田舎醤油」や「米菱醤油」「ひな菊」などは、そこからもう一度麹を加えて、更に8ヶ月間杉の木桶で熟成させています。これが、「二度仕込み」です。熟成期間を長くすることで、空気と塩とアミノ酸が調和し、味を馴染ませることができます。それによって、味に深みと滑らかさが出て、旨味も増します。また、瓶詰め後の色の変化もゆるやかです。
広がりを見せる、ヨネビシの発酵食品
ーヨネビシ醤油㈱は、醤油以外にもいろいろな商品を作っていますね。
岡崎さん そうですね。同じ発酵食品である味噌や、醤油を素にした「たまり漬けの素」、ドレッシングなどもあります。丸大豆醤油に茨城県産の乾し椎茸から抽出した濃縮な出汁を馴染ませた「常陸の国からの卵かけご飯専科」という卵かけご飯専用の醤油も作りました。こちらは、茨城県北部で養鶏事業を営む「ひたち農園」さんと共同開発した商品です。
それと、「干し椎茸の万能ソース」というソースを2015年に発売したのですが、こちらはつくば市の農事組合法人「森のめぐみ」さんとコラボレーションした商品で、茨城県産の干し椎茸が丸々一個入ったソースです。東京の日本料理店「ゆかり」の野永喜三夫さんより監修を受けて作ったこのソースは、日本野菜ソムリエ協会の調味料選手権2015で素材がよろこぶ調味料部門の優秀賞を受賞しました。おいしさを引っ張るような後味で、その名前の通りにいろいろな料理に合う万能ソースです。
【取材録】
日本が世界に誇る調味料・醤油。日本人にとって、醤油はあまりにも日常的な調味料なので、その味の違いを気にしたことがない人も多いのではないでしょうか。ですが、このヨネビシ醤油の醤油を口にしてみると、一味も二味も違うことに驚きます。旨味、コク共に、一般的に消費されている醤油とは、まったく違う味の深さが感じられました。塩気が少ないので、健康を気にする人にもぴったりです。ぜひ一度、ヨネビシ醤油の醤油を味わって、その違いを実感してみてください。
■ヨネビシ醤油株式会社
茨城県常陸太田市内堀町2365
Tel. 0294-72-2255
ヨネビシ醤油株式会社ホームページ http://yonebishi.co.jp/wordpress/