炭焼きの煙がたなびくのどかな山里、陽気な音を立てて流れる澄んだ水。緩やかなカーブを描く畦道を歩けば、蛙やイモリがあわてて道を譲ってくれる。100年以上も耕地整理されていない旧七会村の水田の風景は、そのまま時代劇のロケ地に使えるような、厚みのある自然を残しています。ここは水戸藩への献上米産地として江戸時代から名を馳せてきた米どころ。生産者も高齢の方が多いと聞き、さぞかし古風な米作りをしているのかと想像していましたが、むしろ現実的な問題を直視して独自の路線を歩もうとする、革新的な気概がそこにはありました。
自然の恩恵に感謝して
ー昔からおいしい米の採れる産地として知られ、近年では全国的なお米のコンテストに安定して上位入賞しているそうですね。
盛田さん 米作りは収量に重きを置く作物です。ここの米は昔からおいしいと言われてきましたが、それでもやはり先祖代々、ずっと収量第一に考えてやってきました。しかしこれからは「収量ではなく味の良さを優先していこう」という目的でこの会が発足しました。100%有機肥料と減農薬、稲にできるだけ日較差(1日の最高温度と最低温度の差)を作ってやるなど、統一した栽培方法で作っています。ななかいの里コシヒカリとして同じ味に仕上げるために、部会員全員でお互いの圃場を定期的に観察しあって品質を管理しています。
おいしい米というと、今はどんどん甘味重視になってきています。しかし甘さを追求するとどうしてもこしが弱くなる。私たちが求めているのはただ甘くて柔らかい米ではなく、どちらかというとあっさり系。一粒一粒がしっかりとして、噛むほどに旨さがふくらんでいくような、肉、魚、野菜、どんなおかずにも合って、もっと食べたいなーと思えるような、すっきりとした食感を目指しています。
良い土と良い水に恵まれ、朝晩の寒暖差が大きいこの土地から、私たちは先祖代々おいしい米を授かってきました。今はさらに上を目指して新しい農法にチャレンジし、収量ではなく味の最高峰を目指す面白さを感じています。そうしたなかで消費者の皆さんにも、この風景の中で私たちの作った米を味わってもらいたいと思うようになりました。この米はさめても香りがあっておいしいですから、かまどで炊いたご飯をおむすびにして、田植えや稲刈りの体験などをしていただきながら味わってもらえる機会が作れたらと考えています。
独特の灌水で健康な稲に
ーそうした米を作るための最大の秘訣は何ですか?
富田さん 何といっても水の管理です。この辺りは飲んでもいいような綺麗で冷たい水が流れています。田植えが終わると日中の気温はかなり高くなり、暑さで水が温くなる。日が陰って気温がぐっと下がってきた頃に、冷たい川の水を入れて一気に冷やしてやるんです。昼と夜の温度差が大きいほど良い。そして田植えのあと35日〜40日頃には、中干しと言って一度田んぼの水を完全に切ります。地面が割れて草が生えるくらい徹底して乾かすと、土の奥まで酸素が行きわたって根張りが良くなるのです。
中干しの後は間断灌水と言って、4〜5日に1回水をさーっと入れれば良い。そうした毎日の水管理で、しっかりと根の張った稲は丈夫に育ち、栄養をぐんぐん吸い上げて味が充実するのです。天候や生育状況によって水の管理をしますが、うまく育っているかどうかは葉の色が目安になります。おいしい米を作るには窒素を早く吸収させて、収穫時には穂も葉も黄金色に。鮮やかでくすみのない、明るい黄色に仕上げていくことが肝心です。
信頼の「ななかいの里」ブランドへ
ー平成7年に会を発足し、慣行栽培から有機肥料を使用した減農薬栽培へ。収量重視から食味第一へと方向転換されてきました。会として目指す所を教えてください。
古滝会長 元々が稲作りは何俵採れたかが基本、収量に走るのが普通です。当初は上の世代の人たちの反対もあり、ここまで切り替えるのにも相当な時間がかかりました。しかし山間地で総面積自体がそんなに広くない地域です。米の消費量が減り、価格競争が激化する中、収量を追っていたのでは将来が見えない。これからは消費者の皆さんに喜んでいただける、とびきりおいしい米を作ろうと。
ちょうどその頃普及センターの中崎さんの指導により、独特な灌水方法を取り入れるようになりました。水田の水は切らすなという昔からの常識を覆す方法なので、実は私自身も2年位は反発して手を出さなかったんです。でも始めた人から結果が出てきて、そうなのかと。そして盛田さん、富田さんが日本一の評価をいただき、毎年安定して上位入賞が続くようになった。
これからTPPが施行されると、安い米ならいくらでも海外から入ってくる。でも私たちはそこで勝負はできませんから。安ければ良いという人もいれば、多少高くても安心して食べられる健康な米を選びたいという方もいるはず。私たちはお客様が「おいしい!」と喜んでくれる米を作りたい。「ななかいの里」の名前を見た時に、この袋ならおいしいよ、安心だよと、迷わず買ってくださるような、そんな存在になっていきたいのです。
現状の課題は3つあります。1つ目はJAに販路拡大を図るための専門担当者を置いていただき、茨城中央の扱う米全体の需要が伸びる体制を構築すること。2つ目は販売計画の見通しが立つ直販の取引先を得ること。3つ目は後継者の問題です。今の所は60代70代の親父たちが毎日頑張っていますが、若い世代が米作り一本で食べていくのはなかなか厳しいのです。自分たちも若くて兼業農家だった頃は、休日をほとんど農作業にあてていました。今そういうことを強いても理解は得られません。でも代々続いた米作りを絶やすことはしたくないですから、なんとか若い世代に魅力を感じてもらえる状況を作っていこうと、頑張っているところです。
【取材録】
食事の用意ができたら「ご飯ですよ」と家族に声をかける。食事=ご飯。私たちの国はそういう国でした。しかしこれからは、ななかいの里のような米生産地が現状維持の姿勢では、現状を維持していけないであろう時代の流れがあります。特別なことをしなくてもおいしい米を育んでくれる土地の力。でもそれに甘んじることなく、生き残りをかけて味のトップクラスを目指しているななかいの里の生産者の皆さん。もう60だし、70だし、と年齢を言い訳にせず、理想に向かって道を拓こうとしています。その心映えが、米の味に現われているのでしょう。里山の風景共々、無くしてはいけない味だと思いました。
■JA茨城中央 ななかいの里生産研究部会
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Fax.0296-88-3272
ブログ「ななかい里山通信」http://photo.ap.teacup.com/m-morita/