山芋にはさまざまな種類があります。一般的にスーパー等でよく見かける白っぽくて円柱状のはナガイモという種類で、17世紀頃に中国から日本に渡ってきたものです。ここでご紹介する自然薯(ジネンジョ)は日本原産で,山に自生することからヤマノイモとも呼ばれています。野生のものは何年もかけて地中深く複雑な形に成長し、先端まで折らずに採取するには巨大な穴を掘らなければなりません。古くから滋養のある薬用食材として珍重されてきましたが、近年になって人工栽培が始まるまでは、市場に出回らない希少な食材でした。
目標は限りなく天然に近づくこと
—山芋にはいろいろな種類があるそうですが、自然薯の特徴と言えばやはり粘りでしょうか。
伊藤さん そうですね。自然薯は非常に粘り気があり、すりおろしただけだとお餅のような状態です。ナガイモのようにするするとはいきませんので、だし汁でのばしていただくのが一般的です。すり鉢で自然薯をおろして、そのすり鉢を逆さにひっくり返しても薯(イモ)が底にはりついて落ちてきません。これをやってみせると、皆さん一様に驚かれます。この粘り気の強さは、実が水っぽくなく、充実してるということ。うちの畑ではなるべく山に自生しているのと同じ状態になるように作っているので、組織の密度も自然のものと同じように濃いものができています。
心機一転、一からのスタート
—長年酪農で生計を立てていた伊藤さん。施設や機械類が老朽化したことを契機に、自然薯の栽培に切り替えました。栽培法はどうやって会得したのでしょうか。
伊藤さん 酪農を辞めるにあたり、友達数人でこれからは自然薯の栽培をやろうということになりました。人工栽培が難しいと言われる自然薯ですが、北茨城自然薯研究会という所が20年ほど前から研究を続けており、北茨城方式という独自の栽培法を打ち立てています。そこに知人がいたので、栽培技術を一から伝授してもらうことができました。
自然薯の栽培は、まず春のお彼岸の頃に、芋を一片50〜60gの輪切りにして種芋にします。5月から6月にかけて発芽した種芋を畑に植え付け、成長して肥大した担根体という部分(自然薯)を11月から3月にかけて収穫します。収穫後は保冷庫に保存し、通年販売することが可能です。この一連のなかで最も大変なのは、苗を植え付ける畑の準備です。130㎝のビニールシートを、斜め20°の角度をつけて土の中にセットし、その地上部分に種芋を植え付けると、伸びてきた根菜部がシートに沿ってまっすぐに成長していくのです。
山に自生する強さ、その生命力を食卓へ
—それできれいに形が揃っているのですね。自然の山とは違って柔らかな土のベッドで、自然薯にしたら楽にすくすくと育つことができますね。
伊藤さん いいえ。自然薯は皮が薄くデリケートなので、きれいに掘り出すために形だけは揃うようにしていますが、できるだけ山で育つのと同じように、土はなるべく固くしてやるんです。すると抵抗がかかる中で太ろう太ろうとして身がしまる。柔らかい土で栄養をたっぷり与えればいくらでも大きく育ちますが、それでは肉質や栄養価など、自然薯の個性が失われてしまいます。
ですから自然薯作りは土壌と肥培管理がとてもたいせつです。硝酸体窒素とか窒素系のものが多い畑ですと、できた作物は腐りやすくなります。肥料は以前飼っていた牛の糞を乾燥させて貯蓄してありますが、それを必要最小限に調整して窒素分の少ない畑にすると、硝酸体の少ない傷みづらい作物になります。山の土にはそういうものはほとんど含まれていませんから、できるだけそれに近くしてやる。そうすることで小ぶりだけれどぎゅっと詰まった、長持ちする品質になるのです。時には業務用にちょうど良い大きさで揃えてほしいとの要望もあるのですが、それはちょっと無理なんですね。どうしても多少の凸凹は出てしまうし、食味や密度の点では太いよりは細い方が上物なのです。消費者の皆様にはその点をご理解いただけるとありがたいです。
【取材録】
自然の中では何年もかけて育つ自然薯。なるべく同じ条件に近づけながらも、1年で収穫まで至らせる特殊な栽培方法が、希少な食材を身近な物にしてくれました。この高品質な自然薯が笠間の特産品になればと、希望者には喜んで作り方を伝授したいとの意向をお持ちです。強い生命力と滋養を秘めたやまのいも。その普及拡大には本当の価値を伝えるための、整理された正しい情報が伴わなければと思いました。
■伊藤農園
茨城県笠間市日草場8-17
Tel. 0296-72-4342
Fax.0296-72-1738
ホームページ http://www.yamano-imo.jp