栽培期間中、農薬や化学肥料を一切使わず、有機栽培ひとすじで42年。食べる人も作る人も安心・安全、そして作物本来が持っている味をどれだけ引き出せるか日々追求し続けている樫村さん。日立市十王町にある6haの畑では年間約50種類以上もの旬の野菜を栽培し、さらに9haにも及ぶ田んぼでお米の栽培もされています。小高い丘の上に広がる畑では、蝶々がふわりと舞い、小さな虫たちがふかふかの土や葉っぱのすき間から顔を出している姿からも、自然のサイクルがしっかり保たれていることを感じます。
たった1代でこれだけの基盤を築いてきた1代目・健司(けんじ)さんとともに農園を支えているのが、2代目・智生(ともき)さん28歳。この道に入って9年、「息抜きにと外出してても、やっぱり畑のことが気になっちゃうんだよね」と笑う智生さんにお話をうかがいました。
息の長い農業を
−農薬に頼らず42年も有機栽培を続けている方は、なかなかいらっしゃらないですよね?
智生さん そうですね。今の日本の有機栽培の割合は一桁ほどなのですが、その中でもうちみたいに完全に薬を使わないやり方はさらに少なくなります。有機でも使っていい農薬が出てきていますが、食べる人に安心安全でおいしいものを届けたい、環境にも自分たち作り手にもやさしいやり方で息の長い農業をしていきたい、その信念は貫こうと。手間ひまはかかりますが、これからもこの想いで農業を続けていきます。
−畑はずっとこの場所なのですか?
智生さん いえ、うちは借地からスタートしました。あちこちに土地を借りて点々と。でも畑が良くなってきた頃に返すことになり、また新しいところを借りて土づくりからやり直し、その繰り返し。父はこのままじゃいつまでたってもダメだと思い、22年前に思いきって山を買いました。それが今の場所になります。開拓は父がほぼ一人で行いました。重機を借りてきてコツコツと。
−開拓から始めてここまで!すごい…。今の畑の状態はいかがですか?
智生さん 畑は年々、良くなってきてますね。今年はキュウリのなりもすごくいい。作付け管理がしっかりとできるようになってきて、野菜のできも良くなってきています。あとはそこにおいしいをどうプラスしていけるかが課題の一つです。安心安全だけどおいしくないでは嫌ですもんね。まだまだ改善の余地があるので、日々勉強しながらより良いものを追求していきます。農業に終わりはないと思っているので。うちの場合は野菜もお米も基本的に年1回の作付けなので、42年やっててもまだ42回しか試せていないんです。ましてや天候も毎年違う。そんな中でいかに良いものを作れるかが勝負です。
旬の野菜を届けたい、野菜そのものの味を知ってほしい
−栽培している野菜の種類へのこだわりはあるのですか?
智生さん 自分たちが住んでいる土地の旬のものをつくるようにしています。今はスーパーなどに行けばどんな時期でも大体のものは揃いますよね。でも、うちとしてはその土地でできた旬のもの、できれば採れたてのものを中心に食べてほしい。自然が相手なので無理はできません。旬のものであれば無理なく育つので栄養価も高くなりますし、おいしさも違ってきます。
樫村ふぁーむさんの思う「おいしい」とはどのようなものでしょう?
智生さん 味付けをしなくても、そのまま食べたときに甘みやうま味を感じられるかどうか。普段調理してしまうニンジンや大根などの冬野菜も、うちの野菜だったら生のままサラダやスティックで食べられますよ。
お客さまから「うちの子、野菜を全然食べてくれなかったのに、樫村ふぁーむの野菜を食べたらおいしいと言ってよく食べるようになりました!」と耳にすることがあって、すごくうれしくなりますね。子供に限らずそれが大人の場合でも。やっててよかったなと思うし、励みにもなります。
「野菜づくりは土づくりから、土づくりは人づくりから」
−父であり、仕事のパートナーでもある健司さんとは、よく話をされるのですか?
智生さん よく話してますね。そうなったのはここ数年でやっとですが。これまではなかなか意見を聞いてもらえなかったんです。今考えると、そりゃそうですよね。やることをやって、それがあたりまえにできるようになって初めて認めてもらえる、いかに下積みが大事か改めて感じました。
今、データ管理は主に自分が担当していて、種まきや収穫のことから天気のことまで手帳に細かく記載するようにしています。これまでは手が回らなくて管理もざっくりで。でも、過去のことを参考にしたり比較したりする上でこれは大事だろうと思って。
畑見学の受け入れや、イベント事にも積極的に関わるようになりましたね。逆に、思いきって無くしたものもあります。父から知識や技術を学び、自分は父が苦手な部分をフォローしていく良い関係ができてるんじゃないかなと思います。
−同じ方向を向き、そしてフォローし合える、とても素敵な関係ですね。今後は一緒に働く仲間を増やしていくこともお考えですか?
智生さん はい、そうしたいです。今、袋詰めや配達、イベント事への出店など、現場以外のことも含め家族5人とパートさんのみで作業しているのですが、やはり手が回らないところも出てきています。今年の4月にようやく株式会社化したので、10年以内には経営の形を整えて、働き手を増やしたいです。ある程度、現場を任せられるようになったら、自分は外に出る機会を増やし、担い手育成にも携わりたいです。
父はよく『野菜づくりは土づくりから、土づくりは人づくりから』と言います。野菜をつくるにあたってまずは土台となる土づくりが大事なように、まずは人を育てることが大事だと。
うちみたいなやり方を理解してくれる人や、同じ想いで農業に携わる人が増えたらうれしいし、そういう人を増やしていかなきゃなと思っています。
本当の意味で顔の見える関係をつくる
−畑の見学は個人でも受け入れてくださるのでしょうか?
智生さん うちは来客大歓迎ですよ!個人でも畑を見てみたい、野菜やお米を買いに来たいという方は、電話やメールで事前連絡さえくれれば大丈夫です。連絡先はHPに記載しています。質問も自分たちが答えられる範囲であればお答えします。
−私たち消費者にとってはとてもありがたいですが、時間が勝負の農家さんとしてはたいへんではありませんか?
智生さん このような形をとっているのは、本当の意味で顔が見える関係をつくっていきたいからです。現場に来ていただいて、畑の現状やつくり手の想い、一つの野菜ができるまでにかかる手間や時間などを、直に感じてもらいたい。消費者の皆さまに、食の大切さをどうやって伝えていくかも課題です。話を聞くだけでなく、目で見て体験することでより印象にも残るだろうと思い、芋堀りや餅つき体験、収穫した野菜をその場で食べる採れたて野菜BBQなどのイベントも不定期で開催しています。開かれた農園であることも目指していきたいんです。
取材・撮影:柴田美咲
【取材録】
海が見える広い畑をゆっくり歩きながらお話を伺った今回の取材。
「強制されて継いだのではなく、自然な流れだった。幼い頃からずっとこの仕事を見てきたから。この仕事が好きだから今も続けている。」と智生さん。作物たちへ向けられるあたたかな眼差しから、言葉以上の愛情と情熱を感じました。
途中、1代目・健司さんからも話をお聞きすることができ、「息子がこのやり方を理解して継いでくれたというのはうれしいね。」とポツリ。
農業を取り巻く環境がどんどん変わってゆく今。変わらないために変えていかねばならないことを一緒に考え、乗り越えていく。生のままかじらせていただいた採れたてトウモロコシの味はもちろん、そんなお二人の生き方にも感銘を受けました。
■樫村ふぁーむ
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