庭先の大きなケヤキの木、昔ながらの大きな門が、受け継がれ代々続く年月を感じさせます。継承される「長右衛門」の名のもと、長右衛門ファームの17代目畠長弘(はた たけひろ)さんは、ベビーリーフをメインに、メロン、トマト、サツマイモなどを栽培。2021年からはパプリカも作り始めました。ベビーリーフは無農薬にこだわり、ネットや粘着テープで虫を除去し、冬の時期だけ栽培します。18代目の長幹(たけみ)さんは同じく安心安全な作物づくりを目指して、なるべく化学肥料を使わない新しい技術を学んでいます。2023年から次男の英幹(ひでき)さんも加わり3人体制で長右衛門ファームを切り盛りしています。現状にとどまらず、常によりよいものを求め、農業と地域がどう歩んでいくか大きな視点でみている畠長弘さんに話を伺いました。
二つの産地が提携することで1年を通して出荷可能に。農家さんにやさしい仕組み
−作られている作物について教えてください。
畠さん:
メインはベビーリーフです。ベビーリーフは無農薬で作っていますので虫が多くなってしまう夏の時期は作りません。基本的には、薬剤は使わず、ネットで虫を防いだり、粘着テープで除去しています。虫の少ない冬限定の栽培ができるのは、理由があります。那須塩原の農家さんと連携して、一つの作物を二つの産地で生産時期をずらすことで1年を通して出荷できる形態をとっているからです。那須塩原では冬の時期は雪で作物が作れないため夏の時期だけ栽培します。弊社は、逆に夏の時期は作らず、9月のはじめに種をまき、10月から収穫が始まって、翌年の5月までです。お互いが良い時期に生産できるところが利点です。一年を通すと作物はやはり土壌のほうも疲れてきますので休める期間が欲しいというのもあります。春先にはメロンを作っています。茨城のオリジナル品種の「イバラキング」です。夏はトマトと、昨年からパプリカも作りはじめました。
−主力となるベビーリーフをつくりはじめたのはいつ頃ですか?
畠さん:
40年前(1981年ごろ)に私が就農した当時はメロン専門でした。葉物に切り替えていったのは、そこから30年経った頃、今から10年前くらいです。メロンに行き詰まりを感じていました。大量に作って販売するという形態が時代にそぐわないのでないか、と考えていた時期でした。ちょうどその頃、エスビー食品株式会社からベビーリーフの生産を新しい形態で取り組んでみないか、というお声がけいただいたのがきっかけです。二つの産地で生産するというのはエスビー食品にとっても初の試みでした。
後継者がいることが取引の条件で、当時5件の農家さんが集まりました。冬の時期に安定した収入が得られるというのは魅力的です。それに契約栽培というのは、欠品は出せないというのが一般的ですが、エスビー食品との契約では、気象状況などで収穫物が半減してしまったという時でも、その状況をそのまま受け入れてくれます。それも農家にとっては負担が軽減され助かります。
良質な土壌をつくる
−土がふかふかしていますね。土づくりについては特別なことをしているのでしょうか。
畠さん:
堆肥を使っています。堆肥の原料には、美浦のトレーニングセンター(競走馬のトレーニングセンター)のバフンを使用し、それに菌を混ぜて堆肥を作っています。菌は元々メロンに使っていて、メロンが甘くなるという菌なのですが、医療関係者も注目している優れた菌です。いかに化学肥料を少なくして、堆肥との複合で作物を作っていくかに気を配っています。野草に納豆を入れて散布したり、防虫効果を高めるために木酢にニンニクと唐辛子を入れたものを使ったり、なるべく有機質のものを選んで使用しています。こうした減農薬について、息子が今、専門的に学んでいます。全く使わないというのは難しいので、なるべく少ない量で済むようにと思っています。
メロンに関しては、40年近く作っていますけれど、これでいい、というのは全くないのです。誰が作ってもよくできる年もあれば誰が作っても上手く作れない年もあります。メロンにとってたいせつなネット形成の時期に、低温の日が2回あるだけで、寒さでネットが割れてしまうんです。味には変わりはないのですが、ヒルネットと言って、見た目が悪くなります。それが極端に出るのがイバラキングなんです。イバラキングを上手に作るには一に気候に恵まれること、もう一つはリスクをちゃんと理解していることが肝要です。
良質な土壌を作るのがいいものを作る基本だと私は思っています。そこから手がけようと思っています。
−今後の展望をお聞かせください。
畠さん:
近年、夏の暑さがだんだん厳しくなってきて、トマトがいいものが採りにくくなってきました。パプリカ系統が暑さに強いと知り、2021年から作り始めました。県内だけでなく東京市場への出荷も始まり、これから広めていきたいと考えています。
それから、近年、スパイスの需要が広がり、「ハラペーニョ」というスパイスの栽培もエスビー食品さんの提案で栽培し始めました。消費者のニーズを考えるのも大事です。まだまだこれからなんですけどね。販売戦略などを考えたり、栽培以外の経営面でもとても面白い作物です。このような感じで12ヶ月間何かしら収穫しています。現在5名の従業員の方に働いてもらっていますが人を雇用するには一年中収入を得て回していくことが大切です。
鉾田の畑から世界へ
−常により良いものを目指し挑戦しながら続けていらっしゃいます。仮説と実践を繰り返し、知識やスキルを蓄積されているような印象です。
畠さん:
種苗屋さんと相談しながら常に実験ですね。それが楽しいんですよ、ものづくりというのは。私の周りには、こだわって作っている農家さんがたくさんいます。
農家仲間のメロンがニューヨークで高値で売れました。数は多くなくても価値が認められれば、それだけでイバラキングのイメージを上げることができます。イチゴ農家さんのイチゴが有名店で取引されていたり、トマトは農家さんの名前が商品の名前になって販売されていたり、干し芋の生産が追いつかないという干し芋農家さんもあったり。誰々さんのところの、という感じで生産者の名前で作物が売れるのはすごいことですよね。私はそれに近づきたいと思って作っています。昨年から始めたパプリカなど、ここの地域の一つの産物として出していけたらと、日々試行錯誤を続けています。鉾田には、いろいろこだわって作物をつくっている生産者がたくさんいるので、そういう人たちがいることを知ってもらえたらと思います。
【取材録】
長右衛門ファームの畠さんにお話を伺っていると、どうやったらいいものが作れるか、効率よくするにはどうするのがいいのか、常に自らの手で試し、また新しい仕組みを取り入れたり、常に時代の変化を感じ取りながら、自らも進化を続けようとする姿勢が印象的でした。エスビー食品さんの試みは、「農業の集約化」に対する一つの道標となり得る画期的な取り組みだと思いました。農家さんの負担を軽減し、後継者へとバトンを繋いでいくという大義に農業の明るい未来を感じました。